|  『全国商店街おかみさん交流サミット』に出会って
九条葱の卸売り業をしている家に嫁ぎ、家業と子育てに忙しい日々を送っていた高田さん。11年前に夫が胃を患ったとき、また翌年、震災の後、淡路島の母親が倒れたとき、「一生って1回しかないんや」「でも、私は自分らしく生きてきただろうか」と、これまで、そして、これからの自分の生き方を考えました。「何かしたい」と思い続けているときに出会ったのが「全国商店街おかみさん交流サミット」だったのです。500人もの女性が参加していることに驚き、ある女性社長の講演に感激し、自分にも何かできるかもしれないと奮起しました。次に、滋賀県で行われた2日間の女性起業家セミナーに参加。初めて「九条葱を皆さんに売りたい」と小さい声で言った高田さん。「かっこいいカタカナ職を起業したい方ばかりの中で、少々ひかえめでした。」
葱のイラスト入りの名刺を作った
起業家セミナーや異業種交流会に積極的に参加し、勉強したり、PRしたりし始めました。それからは、“葱を売るという仕事”に積極的になり、葱のことを考えたり話したりすると止まらなくなるほど楽しくなってきたといいます。名刺を作ったら、とアドバイスされて、葱のイラスト入りの名刺を作り、また、HPも作りました。「いろいろなことを発信したくなってきたのです。」
名刺の肩書き『ふうど・プランニング・ねぎ』とは?
“ふうど”は、「風土、food、風度(人となり)」、つまり「自然、食べ物、人間」をあらわしています。“プランニング”は「いろいろやってみようよ」と、少しあいまいな部分を残したほうがいろいろ行動できるかな、と考えてつけたそうです。“ねぎ”の文字は毛筆で心を込めて高田さんが書きました。「食べること、生きていくこと。『ふだんの暮らし』を大切にしたい」との思いを表したかったのです。
「目の届かないところで売ってくれ」
葱の販路を広げたいと夫に相談したとき、夫は、「自分の目の届かないところで売ってくれ」と言いました。「近所で親戚が同業という環境ですから。」高田さんは、「関東ならいいのね」という解釈をしました。関東から来た人に、こっちには白い葱がないと言われたことがあり、常々、このおいしい九条葱を関東に直送したらどうだろうと思っていたのです。ある雑誌に紹介されたことがきっかけになり、口コミで、埼玉のお蕎麦屋さん、ラーメン屋さん、イタリアンレストランなど、関東に販路が広がっていきました。
九条葱のポスターと葱入りせんべい『ねぎ丸』
お蕎麦屋さんに、九条葱をお客さんに説明できるようなポスターを作ってほしいと頼まれて、グラフィックデザイナーと相談しながら、ポスターを製作。コップに青々した葱が生けられた、すがすがしい印象のポスターができあがりました。「葱の新しいイメージを演出したかったのと、若い人たちにもアピールしたかったのです。」また、あるとき、おせんべいに葱を入れてみたら、と思い立ちました。せんべいやさんと試作を繰り返して、4年前に九条葱入りせんべい『ねぎ丸』が完成しました。今はHPで販売したり、フリーマーケットで宣伝販売しているだけですが、これから販路拡大しようと思っているそうです。
したいことがたくさんある
「何かしたい」と思ったときから、10年が過ぎました。家業や子育てとの両立を図りながら、確実に自分が責任を持てる範囲で仕事をしてきた高田さん。子どもたちも大学を卒業し、これからです。パソコンをもっと勉強したい。「葱」という日本人にとっての日常の食材を通して、大切な「食」について、発信していきたい。したいことがたくさんあるそうです。「いつも20年先を考えて生きてきましたが、これからの20年、70代になったとき、元気に働けるような生き方をしたい。」生き生きと語る高田さんです。
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